「ネットで申請できる」と聞いて、ちょっと安心した
失業給付の手続きを調べていたら、「ネットで申請できるらしい」という情報を見つけた。
正直、これは助かると思った。
でも実際にページを開いてみると、「で、どこを押せばいいの?」となった。
情報はある。リンクもある。でも、次に自分が何をすればいいのかが見えにくい。
そこでふと思った。
これ、DXというより、利用者に宝探しをさせてないか?
給付申請がわかりにくい理由、実際に感じた違和感
ハローワークインターネットサービスのページを開いた瞬間、まず情報量に圧倒された。
メニューが並んでいて、リンクがあって、注意書きもある。
「必要なことは全部書いてある」という誠実さは伝わる。
でも、どこから手をつければいいのかがわからない。
自分の状況がどのパターンに当てはまるのかも、読み進めながら自分で判断しないといけない。
途中で「あれ、これって自分が該当するやつ?」と何度か不安になった。
情報の多さと、わかりやすさは別物だった
給付申請がわかりにくいと感じるのは、情報が足りないからじゃない。
多すぎる情報の中から、自分に必要なものを探させられているからだと思う。
情報が多いほど、読む側は「自分に必要な部分」を自力で探すことになる。
迷いながらページを行ったり来たりしているうちに、だんだん疲れてきた。
「全部書いてある=親切」ではないんだと、あらためて気づいた。
これってDXじゃなくて、宝探しじゃないか
使いながらずっと引っかかっていたのが、「これはDXなのか?」という疑問だった。
たしかに、オンラインで申請できるようになっている。
紙に書いて窓口に持っていく手間は減った。
でも、画面の前でどこを見ればいいかわからず立ち止まっているなら、手続きの負担は形を変えただけかもしれない。
利用者視点が抜けると、DXは「電子化しただけ」になる
おそらく、作る側は丁寧に作っている。
必要な情報を漏れなく載せようとした結果が、あのページなんだと思う。
デジタル庁も「誰一人取り残されないデジタル社会」を掲げているけれど、実際の利用現場との距離はまだある気がする。
「使う人がどんな状態でページを開くか」という視点が入ると、作り方が変わってくる。
失業給付を調べている人は、たいてい仕事を失ったばかりで、気持ちも余裕もない状態だ。
そういう人が「次に何をすればいいか」をすぐ見つけられるかどうか。
そこが設計の肝だと思う。
じゃあ、わかりやすいDXって何だろう
これは行政に限った話じゃないな、と思い始めた。
会社の社内システムや、申請フォームや、マニュアルにも似たようなことが起きている。
「作った側はわかっている」から、使う側にとってどこが難しいかが見えにくくなる。
わかりやすいDXというのは、たぶん「迷わずに次の一歩が踏み出せる設計」のことだ。
ゴールまでの道筋が見えていて、自分が今どこにいるかがわかる。
そういう体験を作れるかどうかが、DXの本質に近い気がする。
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DXって、派手なシステムを入れることだけじゃない
今、AIやDXを使って仕事を改善することに関心がある。
でも今回のページを見て、あらためて思った。
DXって、派手なシステムを入れることだけじゃない。
利用者が迷わず進めるようにすることも、立派なDXだと思う。
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